最高裁判所大法廷 昭和23年(れ)294号 判決 1948年7月29日
主文
本件上告を棄却する。
理由
末綴、辯護人和島岩吉同棚野誠幸上告趣意書の論旨を要約すると、前段は、刑訴應急措置法第一二條第一項は憲法第三七條第二項違反なりと言うのであり、後段は、被告人の供述中利益不利益の供述ある場合、不利益の供述のみを採って斷罪の資に供することはできないと謂うのである。
論旨前段について。
所論憲法第三七條第二項は、「刑事被告人は、すべての證人に對して審問する機會を充分に與へられ、又、公費で自己のために強制的手續により證人を求める權利を有する。」と規定しているのであって、裁判所の職權喚問の場合を除き、訴訟當事者の請求しない證人を喚問し審問の機會を與うる趣旨のものでないことは明瞭と謂わねばならぬ。次に所論刑訴應急措置法第一二條第一項本文は、被告人から請求があるときは、裁判所はその書類の供述者又は作成者を公判期日に喚問し、被告人に之が訊問の機會を與えなければ、裁判所はその書類を證據とすることができないと規定しているのであって、從って反面に於いて、被告人の右請求がないときは、裁判所はその書類をその侭證據とすることができることの趣旨であることは極めて明白な所である。而して本件は辯護人から一旦證人の喚問を請求したが、その後請求を抛棄したのであるから、抛棄以後は始めから請求のなかった場合と同一に見て差し支えないものと謂わねばならぬ。而して以上立法理由を按ずるに、被告人は必要と認むれば無條件で右請求權を行使することができ、殊に所論憲法第三七條第二項の規定に依って公費且つ強制手續に依っても之が請求權を維持行使することができるのに、之を行使しないのは、即ち被告人はその必要を認めない(本件の如く抛棄した場合はその後必要を認めざるに至った)ものと解すべきであるから、此場合は裁判所がその侭これを證據に採っても、何等被告人の權利を害するものでないとの見地に立っておるものであることは疑いを容れない所であろう。然らば既に喚問され、又は喚問を必要とされる證人の場合であることを對象とする憲法第三七條第二項と右刑訴應急措置法第一二條第一項とは、這間何等の扞格を生ずる法條ではないのである。所論は畢竟獨自の見解に立って憲法を解釋し延いて右措置法の條項を違憲なりと主張するものであって、論旨は到底採用することができない。
論旨後段について。
苟くも被告人の供述は證據方法の一種たる以上、その供述中或時は犯罪事実を認め或時は否認している場合、その何れを措信して之を證據に採るかは、裁判所の自由なる判斷に任ずることは刑訴第三三七條の明定する所である。論旨は全く理由がない。
以上の次第であるから、刑訴第四四六條に從い主文のとおり判決する。
この判決は裁判官栗山茂を除く裁判官全員一致の意見に依るものである。
裁判官栗山茂の論旨前段に關する反對意見は、昭和二三年(れ)第一六七號同年七月十九日宣告最高裁判所大法廷判決に掲げた通りである。
(裁判長裁判官 塚崎直義 裁判官 長谷川太一郎 裁判官 沢田竹治郎 裁判官 霜山精一 裁判官 井上登 裁判官 栗山茂 裁判官 真野毅 裁判官 小谷勝重 裁判官 島 保 裁判官 齋藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 岩松三郎 裁判官 河村又介)